超少子化を語る2
生産性向上が子育て支援に
御手洗 冨士夫 キヤノン社長
読売新聞2006年1月5日付
くれよんくらぶ709号
 
「企業は柔軟な制度を用意する。が、個人個人も強くなってほしい」――。今年5月、日本経団連会長に就く御手洗冨士夫・キヤノン社長は、少子化ストップに対する産業界のひとつの姿勢を示した。(聞き手は東京本社調査研究部主任研究員・北村節子)
 
少ない労働力の活用を考える時代
「小さな政府」で地方の活性化も必要
――人口減が現実のものになった。産業界リーダーとしてどう見るか。
「世間で言われているほどの悲観はしていない。以前から予想されていた事態だし、日本の国土でこれ以上の人口増加はむしろ心配だ。今こそ、少ない労働力で効率よく生産する方向を打ち出す時だと考えている」。「安直な海外労働力活用もあまり賛成ではない。キヤノンでは35年前に台湾に工場を出したが、今、そこで働いているのはベトナム人だ。経済発展を遂げた社会は次々に途上国に労働力を求めていき、順送りを繰り返すだけだ。どこかでこの循環を止めなくてはならず、製造業の場合、その決め手はやはり技術革新だろう。国内工場でボタンを押せば機械が工程をこなす――そうなれば、女性や高齢者が十分働ける」。「一方、これだけ人生が長くなったのなら、働く期間も延びてしかるべき。その間に生産システムが変われば社員も再教育して対応する。そうすればあと20〜30年は人材確保できるはずだ」
 
――それを実現するには技術革新を担う人材の育成や、その能力を生かすシステムが「海外移転よりお得」という構図が必要になるが。
「80年代の米レーガン政策を見習いたい。疲弊した米経済を立て直すのに、大学の研究成果を産業界に反映させるよう各種制限を取り払い、NASA(米航空宇宙局)や軍の先端技術を民間に移入した。インターネットは一例だ。税率引き下げで消費を刺激した。その結果、米経済は復活し、失業率は5%前後で推移している。これは欧州の10%前後という状況に比べ健全ではないだろうか。消費が刺激され、経済が回っていく」。「日本でもようやく、ベンチャー育成や、国公立大学の独立法人化が実現し、その方向に転じたようで、これは歓迎したい」
 
――現実には、そうした自由競争的な時代の風に不安を感じる人が多い。特に若い世代は、正社員採用が減りアルバイトや派遣が増えている雇用環境にとまどい、結婚や出産を躊躇しているのではないか。
「対応策として提言したいのは地方の活性化だ。地方に魅力的な産業がない今の状況では、若者は大都市に流用してしまう。ご縁のない地域で狭いアパートに暮らし、通勤に長時間を費やすことになれば、結婚や出産もままならないだろう。子どもを持ってもおおらかな家族関係ははぐくみにくい」「その点、地方には豊かな自然環境や世代間サポートがある。物価も安い。産業さえあれば『仕事も家庭も』が実現できるのではないか。キヤノンは国内に14工場を持つが、東京の本社から距離的に最も遠い大分が移動時間では一番近い。交通網の発達が都市と地方をぐんと近づけ、地域内の通勤の便もよくなった。大分の工場など、親の方から『就職させたい』と申し込んでくる。親世代にとっても、子ども世帯をそばに置くのが願いなんですよ」。
 
――それを実現するのには、政府機構の仕組みそのものの改革も必要になるが。
「日本はあまりに中央政府主導、東京一極集中。道州制に移行し、戦後政府が握っていた多くの権限を民間に開放して行政コストを節約し、小さな政府を実現することが重要だ。損益の理屈で動く民間企業のセンスを行政にも生かさないと、グローバリズムについていけなくなる。民間が自由に競争すれば、雇用も拡大し、子育てしやすい社会を作れるのではないか」
 
「社会、企業が悪い」という風潮に疑問
支援には限界、「強い個人」目指せ
――いま、少子化対策の流れの一つは、出産育児の個人負担を軽くするため、政府も企業ももっと支援を、というものだ。「小さな政府」による産業活性化だけで出生率アップはむずかしいのでは。
「たしかにフランスの出生率回復などを見ると、手厚い経済支援には効果があるようだ。日本も取り入れるべきだろうが、それには限界がある。今日の若者の就職の様子を見ていても、フリーター、ニートと言われる層に果たして本当の就職欲があるのか。有期雇用の若者に正社員にならないかと誘っても、自由に生きたいからいやだと言ったり、あるいは同棲しているのに結婚する気はないと言ったり」。「経済的なサポート、雇用面での待遇で少子化を解決しようと言うのには限界があるのではないか。なにをするにも社会が悪いから、企業が悪いから、という風潮はいかがなものかと思いますね」。
 
――とはいえ、パートタイマーの多くが社会保障に加入できない事実などからも、産業界のコストカットが女性や若者の不安につながっているように見える。
「日本の産業界は、米国より実効税率で10%高い法人税を担っている。もとからハンデのある立場だ。雇用支援を今以上に厚くすることは、率直に言って大きな負担になる。手厚い支援の結果、業績が悪化したら企業自体が成り立たず雇用そのものが消えてしまうでしょう」。
 
――「ワーク・ライフ バランス」を図ろうという動きも出てきたが。
「今は、自由な競争により企業が力を付けてパイを大きくすることを考える時だ。企業は柔軟な制度は用意する。が、個人はあれもこれも企業や社会のせいにすることなく、強い個人になることを目指していただきたい。その上で、高齢者や女性を含め、生産性の高い日本人が日本の経済をひっぱっていくこと。それが豊かで子どもを産み育てやすい社会作りに通じるのではないか」
 
● ワーク・ライフ バランス
「仕事と個人生活が両立できる働き方」を指向するという、アメリカ発祥の考え方。企業が人材確保のため従業員の私生活に配慮するという概念だが、日本では「就職時間の柔軟化」「慢性的残業の解消」など、主に時間管理の改善に当てはめられることが多い。
わが国では少子化危機論が90年代から盛んになり、まず保育サービスの充実が叫ばれた。その後、政策は「少子化プラスワン」(02年)、次世代育成支援対策推進法」(03年)など、企業支援要請の色合いを強めてきている。背景には、就業時間が他の先進国に比べ長く、男女とも子育ての余裕を持ちにくいという事情がある。
 
週労働時間50時間以上の労働者割合(2000年)
日  本
28.1%
アメリカ
20.0
フランス
5.7
ドイツ
5.3
スウェーデン
1.9
※労働政策研究・研修機構編「データブック国際労働比率2005」より
 
「効率のいい政府」「効率のいい企業」――少ない人口で日本社会を切り盛りするキーワードとして「効率」が頻繁に登場した。たしかに、資源小国であるわが国にとって生産性追求は必須事項だ。キヤノンは先端技術開発で次々にそれを実現しつつある。
しかし、好成績企業の経験が日本全体にあてはまるか、疑問も残る。サービス分野が拡大する産業界では、時間延長勤務や繁忙期限定雇用も増えている。効率追求の名の下、社会保障の薄い派遣やパートも増加傾向だ。率直な企業の本音を聞いた思いだが、「女性の安定雇用が出生率の向上につながる」という欧州の経験に学ぶなら、国民が広く支援費用をまかなう道も視野に入れて――と、産業界の新しいリーダーに望みたい。(北村)
 
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