超少子化を語る3
俵 万智さん 歌人
社会が変化 母親の負担感増加
読売新聞2006年1月6日付
くれよんくらぶ716号
 
「ちょっとした人手が」何気なくあった時代とそれができない現代では母親の負担感が違う」。歌人の俵万智さんは数字には表れにくい育児の大変さを語った。そして女性の生き方や家族の形の多様化に、社会は柔軟な意識を持つことが大切だと指摘した。(聞き手は東京本社文化部長・菅原吉教夫)
 
子育ては自分の人間関係をフル活用
便利な家電に囲まれても人出不足
――今2歳という息子さんは、俵さんの外出時や執筆中はどのように。
「両親がサポートしてくれている。仙台で悠々自適の老後を送っていたが東京に移住してもらった。週2、3回はベビーシッターさんを頼み、おばたちにも来てもらったり、自分の人間関係をフル活用している。私は主に家で仕事をするが、それでも一定の時間を確保するためには、誰かの手を借りなくてはならない」。
 
――実際に子育てをしていて、負担感はあるか
「想像以上に大変。もし、生後1年の記憶があったら、人間には親に反抗なんかできないだろう。たった1人の子どもでもこんなに大変なのに、昔はよく4人も5人も育てたと思う。ただそれが当たり前の時代には、それなりの社会があったのかもしれない」。
 
――かつては祖父母などのいる大家族も多かった。
「それは大きな違い。子育てに一番必要なのは人出だと思う。1日のうち10分でも見てくれる人がいるかいないか、その手が幾つ近くにあるか。今は、便利な電化製品に囲まれていても、人の手が少なくなったから、子育てを困難に感じる人が多い気がする」。
 
――核家族化以降に子育て環境が変化した。
「地域社会も変わった。私の世代までは、小さいころ隣でご飯を食べるなど、子どもが近所を行き来していた。母の話では、銭湯では湯上りに、おふろ屋さんが赤ちゃんを受け取り、天花粉をつけてくれたという。家で母親1人だとおふろに入れるだけで一大事。ちょっとした人手が何気なくあった時代と、皆無になった時代とでは、母親の負担感はすごく違う。働く母親のほうが2人目、3人目を産みやすいと言われる。仕事との両立は大変でも、保育園のサポートを得て、時間と気持ちの切り替えができるのでもう1人産む気持ちになるのでは。専業主婦は、1人で育てるのが当然とされるので負担感が大きい」。
 
――ほかに変化を実感していることは
「情報の多さがある。私たちもマニュアル世代だから、育児雑誌やインターネットで情報を集めてしまうが、それがかえってプレッシャーになる。たとえば『RとLを聞き分ける能力は2歳くらいまでに身につけないと消える』と読むと『もううちの子は聞き分けられないのね』とつい思う。また、子どもをしかるときは人格ではなく行動をしかろうと本にあった。『だめな子』と言われると、自分を否定されたと感じるからだそうだ。ところが実際にしかる時に、これは人格か行動かなどと考えるとわけがわからなくなることもある。父にそれを話すと『親が何を怒っているか子どもだってわかる。自分が否定されたかどうかは肌で感じるものだよ』と言われてはっとした。解放された気がした。昔はそんな助言をしてくれる年配者が身近にもっといたのだろう」。
 
女性の選択肢が増えたのはいいこと
多様な「家の形」の受け入れも大切
――子どもの減少が暮らしや社会に及ぼす影響は。
「子連れで歩いているといろんな人に声をかけられる。大人だけなら沈黙している場面で会話が生まれる。子どもがいる社会はそうした豊かさを持つから、少ないと寂しいとは思う。ただ、将来の労働力とか年金の担い手というふうに、子どもを数量的な存在として見ることはとてもできないし、国のために産もうという人はまずいない。政治には、少子化を食い止めることにばかり腐心するより、少ない子どもたちがよりよく生きられるような社会を築くことを考えてほしい」。
 
――女性が仕事をし、自立して生きる喜びを女性が知ったことは大きい。
仕事と子育てを両立できる環境がまだ整わないので、どちらかを選ぶことになりがちなのでは。ただはっきり選択した結果というより、産みそびれているという感じの人も多いのではないか。昔は、結婚適齢期があり、結婚したら子どもを産んで、とモデル通りの人生に疑問を抱く間もなかったけれど、今は、女性の選択肢が増えた。それはとてもいいこと。だが、選ぶからには迷うし、時間もかかる。出産だけは残念ながらタイムリミットがあるので、産みそびれている面はあると思う。また、男女にかかわらず、自己実現ということにすごく価値を置く社会になった。それが行き過ぎると、会社や仕事こそが自己実現の場で、子どもに費やす時間は『奪われている』という発送になる。でも、実際に両方やってみると、子どもを産むことは大変な自己実現。仕事と違って母親は代わりがいない役割、存在だから」。
 
――俵さんが出産を選んだ理由は。
「産んで育ててみたいという思いが以前からあった。母にも常々、子育ては楽しくてすばらしいことだと聞いていたので。産んだのは40歳だが、35歳ぐらいでかなり真剣に考えた。子どもは育てる大変さを補って余りある、何ものにも代えがたい存在なので、迷っている方がいたらぜひ産んでみたらと言いたい」
 
――「日本はシングルマザーに対して不寛容だ。社会的に認めて、育児支援をすることが少子化対策になる」という指摘がある。
「私はシングルマザーであることで否定的な視線を感じたことはないが、統計的に不自然なまでに少ないのは、やはり社会に不寛容な部分があるということだろう。シングルマザーだけでなく、多様な家族の形を社会全体で受け入れることが大切で、徐々に意識が変わってきていると感じる」。
 
● 少子化対策/婚外子
子育てをしている女性への意識調査では、保育・教育費への補助や児童手当などの経済的支援を求める声が7割を占めた。一方、法律婚以外で誕生した婚外子の出生割合は、日本が1.93%なのに対し、スゥエーデンでは56%、デンマークでは44.9%、フランスは44.3%、アメリカ34.0%など欧米諸国は軒並み高い。これらの国では、事実婚や同棲など、法律婚以外の男女の結びつきが社会的に認められており、それに伴なう婚外子の出生率の高さが少子化歯止めの要因とも指摘されている。
 
少子化対策として重要なもの 「05年版少子化白書」から
経済的支援
     69.9%
保育所などの充実
     39.1%
出産・育児休業や短時間勤務
     37.9%
出産後の再就職
     36.1%
仕事と育児の両立を推進する事業所への支援
     33.1%
小児医療など子供の健康支援
     22.3%
妊娠・出産への支援
     10.4%
賃貸住宅の優先入居
      8.5%
地域の子育て支援
      7.5%
バリアフリーの推進
      5.2%
自然・社会体験など子供のための事業
      4.1%
公的な男女の出会いの場
      1.5%
 
育児支援の充実不可欠
〈もう乳はいらぬと舌で押し返す小さき意志は真珠の白さ〉〈昼寝する吾子の横顔いっぽんの植物の蔓のごとくたどれり〉……俵さんの最新歌集「プーさんの鼻」には子育ての記録でもある歌が多数収められている。母性愛がにじみ出た作品を読んでいると、出産、育児は女性の自己実現であるという俵さんの話が良くうなずける。
 
だが、何にも代え難い喜びである反面、実に大変でもあるのが子育て。女性には仕事をはじめ他にもやりたいことがいろいろある。それもまた自己実現のためであり、この欲求が満たせないと、出産、育児はマイナスのイメージをまといがちだ。二兎を追うのもよし。両立のためには子育ての支援の充実が欠かせない。(菅原)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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