人口が減る"小さな日本"の幸福論 A
子育てする権利
ゆとり取り戻す原動力に

東京新聞2006年1月
くれよんくらぶ719号
 
 人口が減少に転じるなか、少子化対策の議論が活発化している。少子化の要因としては、1986年の男女雇用機会均等法施行後、女性が働く上で保育サービスが十分でないという問題が注目されてきた。94年には緊急保育対策、2001年には待機児童ゼロ作戦が打ち出され、3歳未満の低年齢児保育、残業に対応した時間延長保育などの拡充が進められてきた。
 
 こうした政策的対応は、女性が男性と対等に働く権利に配慮したもので、その意味では評価できる。しかし、保育サービス拡充一辺倒の少子化対策は、親が子育てに時間をかけることを難しくしている。これまでは保育サービスの不足を理由に、仕事を休んだり、早く帰ったり、仕事を辞めたりする人がいたが、保育サービスが十分に整うと、仕事をしない理由がなくなり、労働時間を増やす方向に作用する。女性の収入が増える一方で、長時間労働による精神的・身体的負担も増している。
 
 一方では、膨張する保育ニーズに限られた予算で対応するために、保育の質の低下という問題も生じている。子どもが親と過ごす時間は減り、最善とはいえない保育環境で長い時間を過ごす子どもが増えている。
 
 こうしてみると、保育対策に偏った少子化対策の結果、親も子もむしろ不幸せになっている。保育サービスの拡充に重点が置かれてきたのは、女性の就労促進は税収を増やし、国の経済力や国家財政にプラスになるという政策判断があるが、同時に子育ての時間より働くことを優先させる人々の考え方も、政策を後押ししてきた。
 
 均等法施行後、女性が男性並みの収入を手にする可能性が広がったことにより、女性が子育てに時間を使う際、仕事をしないことで失う収入が意識されるようになった。そして、子育てに時間をかけることが損のような感覚が生まれた。また、若い世代は、選択の自由と自己責任が強調されるなかで孤独に働き、競争に勝つ上で子育てに時間をかけることを無駄だと感じる傾向もある。さらに、あらゆることに効率性を期待し、子どもにとっても親と過ごすより専門家に預ける方がよいと考える向きもある。
 
 国民生活の豊かさを示す人間開発指数(国連開発計画)が5年連続第一位のノルウェーでは、女性が働く権利だけでなく、親が子どもと過ごす時間を政策的に保障しようという動きがある。零歳児の親には賃金の80〜100%の育児休業給付があり、さらに親がこどもともっと一緒に過ごせるようにと、1,2歳児の親には、保育所を利用せずに自分で面倒をみる場合、保育所への補助額を現金給付する制度が98年に導入された。この制度導入の背景には、子どもと一緒に過ごす時間がほしいという人々の思いが、政権を交代させたという事情がある。
 
 人々が子育ての時間を求めるのは、それが親にとっても子どもにとっても、ただシンプルに幸せをもたらすものであり、その結果として、出生率の向上、教育の質の向上、地域社会の安定、労働生産性の向上など、副次的な効果も期待できると考えられているからである。子育ての時間は、損でも無駄でもなく、かけがえのない大切なものとして、社会が保障すべき権利と考えられている。
 
 日本の少子化対策も、国力増強を第一目的とするのではなく、まず、親と子を幸せにすることを目指すべきではないか。女性は長い間働く権利を求めて闘ってきたが、日本では均等法以降、むしろ望んでいる以上に、必要以上に働かされてしまい、社会全体に余裕が失われている。もはや「働く権利」ではなく、男女共に「子育てをする権利」を求める時期にあると思う。そして、子どもにも、親と過ごす時間が権利として保障されるべきだ。
 
 子育てにまとわりつく不自由なイメージとは逆に、子育ての時間は自由で創造的な時間だ。保育サービスを要求して経済効率優先の価値観を助長するのではなく、親が安心して自信を持って子どもと一緒に豊かな時間を過ごせる環境を求めることが必要だ。そうすれば、少子化という現象も、むしろ社会がゆとりと創造性を取り戻す原動力となるだろう。
 
池本 美香=いけもと・みか
日本総合研究所調査部主任研究員
1966年、神奈川県生まれ。日本女子大学英文学科卒業後、三井銀行入行。
2000年、千葉大学大学院社会文化科学研究科博士課程修了。01年から現職。
著書に『失われる子育てのじかん』など。
 
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