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相手を理解するということ
和解の心理学 明治学院大学 井上孝代教授に聞く |
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聖教新聞2006年1月10日付
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くれよんくらぶ731号
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| だれかと意見が対立した時、あるいは何かのきっかけでけんかになった時、いかにして「仲直り」すべきだろうか。謝罪、妥協、諦め――日本人は「和解」が下手とも言われる。相手を理解し、対立からよりよい関係をつくり出す方法について、明治学院大学心理学部の井上孝代教授に聞いた。 |
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「対立すること」を怖がらない
差異を認め合う態度が大事 |
| 自分のことをきちんと伝える |
| ――人間関係にトラブルがあった場合の、和解への適切なアプローチとは? |
| 和解は、三つの段階を踏むといえます。「謝り」、「許し」、そして「和解する」というステップです。人間関係に対立があった場合、多くの人が躊躇するのがおそらく、最初の「謝る」という段階でしょう。なぜ、素直に謝ることができないかというと、相手がなぜ自分と対立するような言葉や態度を示したのか、その気持ちを理解できないからではないでしょうか。自分の論理の中だけで考えるから、相手の言葉や態度は「とんでもない」というスタンスになってしまう。相手の立場や考えに思いをめぐらせる余裕がなくなってしまうのです。 |
| 相手のことを知るには、やはり「対話」です。対話には、さまざまな形式が考えられますが、重要なのは「言葉」で「きちんと伝える」ことだろうと思います。対話というと、とにかく「相手と話すことだ」と捉えられがちですが、そうではありません。もちろん、相手の言い分を聞くことは非常に重要ですが、それと同じように大切なのは、「自分の思い」も言葉として表現することなのです。よく言われるのは、日本人は自分自身の表現、あるいは主張が不得手だということです。だから、どうしても、妥協だったり折衷だったり、中途半端な「和解」の仕方が多くなってしまいます。 |
| 「わかる」とは「分ける」こと |
| ――対話するとき、自分のことを積極的に表現すると、和解どころかかえって対立を深めてしまうのではないかと懸念する人もいます。 |
| そうですね。実際にそういう人は多いと思います。しかし、対立することを怖がっていては、結局は「和解」にはいたらないのです。一見、和解しているように見えても、それは妥協や諦めであり、どこかで「我慢」している自分になってしまう。それで精神が健康的でいられるはずがありません。 |
| 対立を怖がらないようにするポイントは、突きつめれば、「差異を認め合う」ことになります。相手と自分はこんなに意見が違う。それが「認められる」かどうかで、その後の態度がまったく違ってきますね。意見が違うといことを認められれば、謝ったり、許したり、とにかく次のステップに進むことができますから。 |
| これがちゃんとできないと、例えば、夫婦や親友同士の二人が、ちょっとした感情的なすれ違いで不信感を抱くということが起こります。私は「わかる」ことは「分ける」ことだと思います。「わかる」ことは、「違いを分けて、明らかにする」ことなのです。 「対話」は、人と自分を分けて、違いを明らかにすることが重要だと思います。そして、「違いに気づく」ことを、恐れてはいけません。自分と考えが異なっても、「人それぞれなのだ」と相手を尊重し、受け入れる。その基盤の上に、真の「共感」が生まれてくるのだと思います。 |
| いのうえ・たかよ 福岡県出身。九州大学大学院修了。博士(教育心理学)。臨床心理士。学校心理士。専門は、カウンセリング心理学、コミュニティ心理学、異文化間心理学。著書に『あの人と和解する』(集英社新書)、『コンフリクト転換のカウンセリング』(川島書店)ほか。 |
| 【ふぼれん事務局長 菅野 司のコメント】 「考え方の違いを認めあう」、ふぼれんが最も大切にしてきた部分です。人はそれぞれの思いで生きています。「自分だけが、自分たちだけが正しい」と考えることは、結論から言えば、孤立する人生を歩んでいることになります。仲間内だけでがんばっているだけでは、地域や社会をかえることはできません。たくさんの人と力をあわせなくてはいけないのが、社会変革の課題です。だから違いを認めあうことが大切なのです。 |