いじめ問題について
ふぼれん事務局長 菅野 司
くれよんくらぶ953号
 
 ようやくここにきて「いじめへの本音」がでてくるようになりました。11月27日朝刊東京新聞21面の「週刊誌を読む」で、こんな記事が掲載されています。前の部分はカット、関連するところだけを抜粋します。
 
 「さて、ビートたけしが『週間ポスト』12月1日号で『いじめ問題』について語っている。そのなかで興味深かったのは、この間のいじめ報道が、学校や教師を一方的に責めるだけで、親の責任に言及していない点を批判していることだ。『サンデー毎日』12月3日号も『クレーム狂時代の親たち』と題して、親の問題を取り上げている。子どもに何か問題が起こるとすべて学校のせいにしてクレームをつける親が増えてきたという。学校はサービス業で親はお客様だという意識である限り、学校との協力関係はつくれない。記事中で専門家がそう指摘している。」・・・以上である。
 
 看護師(今年の3月まで小児科を担当、現在緊急救命、27歳)をしている次男とよく社会問題を議論する。その次男が「いじめ問題」を次のように語っていた。
 
 「いじめている側の子の親は子どもの変化に気づくことは難しいが、いじめられている側の子の親は子どもの変化に気づくことはできる」。気づかなかったとすれば、「その家庭の親子関係は希薄だったのだ」。ましてや「自殺を考えるほど悩んでいたのだから、変化は大きかったのではないか」と。学校側の責任が問われているが、「自殺をしたことで、その学校の生徒の多くが心に傷を負うことになる。学校自体も混乱をする」。事実どこの学校も大混乱状況である。「むしろ学校側のほうが、その親に『謝罪』を求めてもいいのでは」とのことであった。
 
 次男(変則勤務のため、意外と話す時間がある)の話にはいつも一理あるなと関心をする。ただ、学校の質も著しく低下している。最近の調査の中に「校長の教員に対する評価」の記事があった。「教員の質は低下していない」との回答が圧倒的多数であったと記憶している。それを読んだとき、自分たちの質の低下も認識できないようなものが校長をしている、と感じた。付け加えるならば、質の低下と評するよりも、時代の複雑さに対応できる質を持ち合わせていないということである。ふぼれんは、公立学校関係者を見る機会が多いことで、よりリアルにそのことを肌で感じている。もっと真剣に、教育委員会が「学校と教師の質のレベルアップ」を考えることが求められている。さらに、このことをよく考えてみると、公務員の全般的な質の低下に行き当たるが、いかがなものであろうか。
 
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