自転車3人乗り
新開発の自転車使用が「容認」の条件
ふぼれん事務局長 菅野 司
くれよんくらぶ1428号 08年3月5日
 
「自転車の3人乗り」の話題はさらにヒートアップし、ふぼれんへのマスコミの取材が連日のように続いています。2月29日のTBSテレビ「イブニング5」の放映に続き、3月4日にはテレビ朝日の「スーパーモーニング」が、さらに4日にはTBSテレビの「筑紫哲也NEWS23」が、5日にはJNN・TBSが発信するCSのニュース専門チャンネルの「NEWSBIRD」が放映しました。残念ながらフジテレビの「とくだね!」が、1時間以上に及ぶ取材をしたにもかかわらず、テレビ局の都合で放映にはいたりませんでした。現在は、メール・電話・インタビューなどの対応でテンテコ舞いの状況で、ふぼれんHPのアクセス数も、J−CASTが電話インタビューでのコメントを掲載して以来上昇が続き、3月4日には353を記録しました。
 
自転車の3人乗りは、ふぼれんワーキング会議でも議論されました。結論から述べると、「3人乗りの危険性」は認識するものの、徒歩での登園・降園は「さらに危険ではないか」との結論であった。自動車を運転する方たちからも「3人乗りは危険」との指摘も数多く寄せられているが、「徒歩」となった場合、さらに大きな危険が生じるとの考えで一致した。保育園家庭の場合、約3分の1に近い家庭が、複数の園児を抱えている。そのようななか、「3人乗り禁止」を、単純には容認できない背景がある。 
 
ワーキング会議では、「3人乗り禁止」に反対する理由を以下の3点に絞った。
 
理由1
近年、大田区では保育園の入園が厳しくなってきていることで、より遠くから通う家庭が急増している背景がある。1駅以上の距離を通う家庭は年々増加傾向にある。ここが、学区域という狭い地域内から通う、小学校との違いである。また、私立幼稚園のように「園バス」という制度もない。長距離を2人の子どもを連れて「徒歩」で通う苦労、保育園の荷物で両手がふさがれ、口だけで注意を繰り返しながら通う苦労は、やったものでなければなかなか理解できないものである。 
 
理由2
近年、共働き家庭の「労働時間は著しく長時間化」しているという背景がある。政府のデータでも、30代の労働者の労働時間が極端に長時間しているとのことである。子どもとゆっくり過ごしたいとの思いは、子育て家庭全体の思いである。しかし、それを労働時間の長時間化が阻んでいる。そのようななか、少しでも「ゆとりをもつ」ためには、自転車は欠かすことのできない生活必需品となってきている。「3人乗り禁止」では、子育て家庭、特に母親の負担は極限近く膨らんでしまう。子どもを乗せての自転車利用は、通園だけでなく買い物にも使うことも考える必要がある。
 
理由3
「自転車の3人乗り」と「徒歩で通園」を比較した場合、どちらの方が「より危険」なのかとの議論では、全員一致で「徒歩の方が、より危険に遭遇する機会が増える」との結論であった。保育園家庭は、たえず保育園で使用する日用品を持参する。ましてや、月曜日と金曜日ともなれば、布団やシーツ類などがそれに加わることになる。両手が自転車と荷物にふさがれた形で、連れて歩いている子どもが突然の飛び出しなどの動作をとったとき、まったくといってよいほど対処できないだろうとの結論であった。
 
以上の点で、「3人乗りは危険」であるが、「徒歩での登降園」よりは、危険が少ないとの結論となった。
 
いま一番大切なことは、この機会を通じて、自転車の3人乗りなどを含む自転車に関するルールとマナーについて、関係者で議論を開始することではないか思う。
 
マスコミの連日にわたる報道に、3月4日の新聞報道で、警察庁も「容認」の方向に傾いてきた。ただし文面をよく見ると「3人乗りでも安定走行できる自転車の使用が前提」となっている。しかし、そんなに簡単に自転車を買い換えるわけにはいかないのが実情である。それよりも、今回のことをきっかけに、保育園や幼稚園などで「子どもを乗せた場合の自転車の乗り方」に対するルール、道路を走るときのマナーなどを学ぶ機会をつくることが大切と考える。警察庁には、当面そのことに力点を置いた方針を作ってほしいと願うばかりである。
 
この問題が起きるまで「3人乗りはおろか、2人乗りも禁止されていることを知らなかった」との意見も数多く寄せられている。議論なかでは「自転車は左側通行」とのルールも知らない母親もいた。母親の無謀な自転車運転を非難する声も届いているが、自転車も自動車も「相手を尊重する運転」のあり方を、みんなで考えあいたいものである。自身の運転が他の人の迷惑になっていないかを、ここで振り返るよい機会にしたいものである。
 
だれかを非難するのではなく、狭い日本の道路環境のなかで「よりよい交通ルールとマナーの確立」を考えることこそ、現在の第一の課題だと考える。それらの議論を国中で広めあうなかで、「教則の改正」に着手することが望ましいのではないか。