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くれよんくらぶ966号
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東京『プーク人形劇場』35周年
苦難の道…熱意で克服 |
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東京新聞12月23日付
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| 日本で最初にできた人形劇専門の劇場「プーク人形劇場」(東京都渋谷区)が、今年、開設35周年を迎えた。節目の年を締めくくる大みそかには、約4時間にわたる年越し公演が開かれる。子ども向けから大人向けまで、バラエティーに富んだ演目でファンを楽しませてきた劇場の歴史とは−。 (山田晴子) |
| プーク人形劇場は、プロとして活動する「人形劇団プーク」の代表だった、故川尻泰司さんらが中心になって建設事業を進めた。プークのような小さな劇団には、収容人員の多い繁華街の著名な劇場を借りることが困難だったことから、「自前の劇場を持とう」と、1969年の劇団創立40周年を目標に、南新宿にある約130平方メートルの土地に5年計画で建てることになった。 |
| しかし、東京オリンピック開催(64年)のあおりで建設資材が値上がり。「膨らんだ予算に充当するため、団員の微々たる給与から天引きさせてもらった。劇場を作るのは人形劇に携わるみんなの夢。ライバル劇団もカンパしてくれた」。劇場支配人で団員の三上つとむさん(63)は、当時の苦労をこう振り返る。 |
| 予定より2年延び、71年11月に完成した劇場は、鉄筋コンクリート造りの地上5階地下3階。客席は106あり、地下2階には、人形劇場では珍しい、舞台が沈む装置「せり」が備えられた。三上さんは「建物の形や装置などはすべてボス(川尻さん)が考えた。世界中の人形劇場を見学し、それを手本にしながら独自のものを作った」と説明する。 |
| 完成当初は、日本で初めての人形劇専門劇場が生まれたとあって、新聞やテレビなどマスコミが大きく取り上げた。とはいえ、そのころは「しょせん子どもだまし」などと、人形劇そのものの中身にはスポットが当てられなかった。 |
| そんな歯がゆい思いをばねにしながら、川尻さんらは自前の劇場から「人形劇を芸術、文化として少しでも認知してもらおう」と、さまざまな活動を展開してきた。全国のプロやアマの劇団をそれぞれ集結させた公演フェスティバルを開催したり、米国や英国、オーストラリア、韓国など海外の人形劇を招聘(しょうへい)したりと、プークの上演以外の企画にも積極的に取り組んだ。 |
| ただ、三十五年かかっても「人形劇を見にくるファンはなかなか増えてこない」という。「経営自体は難しくなっている。国からは、建物の運営など演劇環境に対する助成が全くない。文化庁や都庁などに打診はしているのだが」と三上さん。 |
| ここ十年は人形劇以外のお笑いライブや映画の上映、落語の講演などにも場所を提供している。「今後は、人形劇と音楽などコラボレーションの企画をどんどんやっていきたい。両方のファンのお客さんが来てくれることによって、客層が広がっていけば」と話す。 |
| 年越し公演には、若手パペッティアー(人形劇俳優)の平常(たいらじょう)さん(25)がたった一人で挑む。「青い鳥」「かちかち山」など子ども向けの演目の多い人形劇団プークと違って、大人向けを中心に演じる平さんは「全国に人形劇場(伝統人形劇場を除く)は20カ所近くあるが、プーク人形劇場こそ日本の現代人形劇の象徴だ。そんな劇場で、新年を迎える瞬間に演じることができるのは光栄。大人向けの作品を中心に披露したい」と意気込む。 |
| 公演時間は31日午後10時から翌日午前2時まで。演目は「毛皮のマリー」「天守物語」「ごんぎつね」など20作品。当日料金は5500円。15歳未満は入れない。プーク人形劇場はJR新宿駅南口から徒歩7分。問い合わせはジョウズグループ=(電)03・3320・2464 |
| <メモ>人形劇団プーク 1929年、20歳前後の青年たちが集まり、「人形クラブ」の名で創設。人形クラブはエスペラント語で「LA PUPA KLUBO」。人形を意味するPUPAのPUと、クラブを意味するKLUBOのKをとって、後にPUK(プーク)の名称がついた。現在、団員は60人強。プーク人形劇場を拠点に、紀伊国屋ホールなどの別の劇場、学校、幼稚園などでも公演を行っている。 |